改正相続法の豆知識 ~遺産分割前の預貯金の払戻し~

弁護士 床呂 正彦

【設例】

夫が亡くなり、妻と義妹(夫の妹)の2人が相続人である場合に、妻が当面の生活費や葬儀費用に充てるために、遺産分割協議前に単独で、夫名義の預貯金の払戻しを受けることはできるでしょうか。

 

1 制度の新設前の状況

従来から、金融機関は、相続が開始したことがわかると、故人名義の預貯金口座を凍結し、相続人からの単独での払戻請求には簡単には応じないという取扱いが通常でした。

さらに、平成28年、最高裁判所が、預貯金は相続開始と同時に各相続人に分割して帰属するのではなく遺産分割の対象となる、という判断を示したことによって、金融機関は、一層、相続人からの単独での払戻請求に応じなくなりました。

そのため、相続人間で遺産の分け方について対立があったり、一部の相続人と疎遠で連絡がつかなかったりした場合、相続人の中には、故人名義の預貯金の払戻しをすぐに受けられないため、当面の生活費にも困ってしまうというような事態が生じてしまうこととなりました。

 

2 令和元年7月1日から始まった新制度

法改正により、令和元年7月1日から、遺産の分け方が決まる前でも、各相続人が単独で、遺産に属する預貯金の払戻しを、一定の範囲で受けることができるようになりました。

この制度により払戻しを受けられる額は、「相続開始時の各預貯金の額」×1/3×「払戻しを求める相続人の法定相続分」までと定められています。

また、同一の金融機関から払戻しを受けることのできる上限額が150万円とされています。

例えば、冒頭の設例で、夫がA銀行に普通預金600万円、B銀行に普通預金300万円と満期の到来した定期預金900万円を遺して亡くなったとします。

この場合、妻の法定相続分は3/4ですので、妻は、単独で、以下のように預金の払戻しを受けることができます。

A銀行:150万円(600万円×1/3×3/4=150万円)

B銀行:150万円(300万円×1/3×3/4=75万円、900万円×1/3×3/4=225万円で、合計すると300万円ですが、一つの金融機関から払戻しを受けられる上限が150万円のため)

なお、満期未到来の定期預金については、この制度による払戻しの対象にはならないとされています。

150万円という上限額は金融機関ごとに設定されていますので、金額によっては、金融機関が分散しているほど、払戻しを受けられる金額が増えることになります。

 

3 手続きと注意点

金融機関での手続に際しては、相続関係のわかる戸籍謄本や、払戻請求をする相続人本人の印鑑証明書などが必要ですが、他の相続人の署名や印鑑は必要ありません。また、裁判所の判断なども必要ありませんので、払戻請求をしたい相続人が、金融機関の窓口で手続を行うだけで払戻しを受けることができます。

払戻しを受けた預貯金の使途に制限はありません。

この制度を利用して払戻しを受けた預貯金については、払戻しを受けた相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなされます。したがって、最終的に遺産分割を行う際には、払戻しを受けた相続人は、払戻しを受けた金額を既に遺産から取得しているものとして扱われます。

また、この制度は、遺産に属する預貯金についての制度ですから、遺産に属さない預貯金については適用がありません。例えば、遺言で特定の預貯金が誰かに遺贈されていた場合などには、その預貯金は相続開始と同時に遺贈を受けた人のものとなり、遺産には属さないこととなりますので、この制度を使って各相続人が払戻しを受けることはできません。

 

4 おわりに

遺産分割をはじめ、相続をめぐるご心配がある場合には、弁護士にご相談ください。

神奈川県弁護士会は川崎市内で法律相談を実施しております。

是非お気軽にご利用ください。

 

床呂 正彦弁護士

床呂法律事務所

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エストレリータⅢ403

 

注:本コラムの内容は、掲載当時の執筆者の知見に基づくものです。その内容について、神奈川県弁護士会川崎支部は一切の責任を負いません。

また,執筆者の登録情報も掲載当時のものです。

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