パワハラについて

弁護士 高木 亮二

 

1 パワハラとは

近年、パワハラ(パワー・ハラスメント)が、主に職場内における労働環境の問題として注目され社会問題化しています。

「ハラスメント」とは簡単に言えば「嫌がらせ」を意味します。パワハラという言葉自体は和製英語と言われており、一般に、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と説明されることが多いでしょう。この定義は厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が2012年に提言したものです。

「職場内の優位性」の典型例は上司から部下に対しての行為です。もっとも、それだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して行われるなどの様々な職務上の地位や人間関係の優位性を背景に行われるケースも想定されています。「業務の適正な範囲」を超えているか否かについては、線引きが難しく、「グレーゾーン」が存在すると言わざるを得ません。結局のところ、何がパワハラにあたるかは、個別の事案に応じて検討することになります。

 

2 パワハラ6類型

先の提言においては、次の行為類型がパワハラの典型例として説明されており、これが実務上もパワハラ6類型として定着した分類となっています(あくまでも典型例であって、ここに該当しなければパワハラにあたらないという意味ではありません)。

  1. 身体的な攻撃(暴行・傷害など)
  2. 精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言など)
  3. 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視など)
  4. 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
  5. 過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
  6. 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

 

3 パワハラ被害に対する法的主張

パワハラ被害に対して法的にはどのような主張ができるのでしょうか。

この点、「パワハラ」を直接的に「禁止」する特別な法律はありません。そこで、まずは一般法である民法上の不法行為(民法709条)の該当性を検討することとなります。不法行為を構成する違法なパワハラであれば加害者あるいは使用者に対して慰謝料等の損害賠償を求めることが考えられます。ここでもやはり、先に挙げたパワハラの定義のうち「業務の適正な範囲」を超えているか否かが、大きな争点となる場合があるでしょう。

もっとも、上記類型①(身体的な攻撃)や類型②(精神的な攻撃)が、業務の適正な範囲内であると判断されることはほとんどないと思われます。

なお、民事上の請求だけではなく、上記類型①(身体的な攻撃)は刑法上の傷害罪や暴行罪、②(精神的な攻撃)は刑法上の脅迫罪、強要罪、名誉毀損罪、侮辱罪が成立する余地があります。したがって、捜査機関に対して被害事実を申告して加害者の刑事処罰を求める意思表示をすることも考えられます。

 

4 パワハラの被害を受けたら

上に述べた法的主張とは、「最終的に」どんな主張ができるのか、を述べたものです。実際に、いま、パワハラの被害を受けている方が取るべき行動は、誰かにパワハラ被害の「相談」をすることです。

パワハラの被害を受けた場合、まずは職場環境の改善を求めるべく、職場内の担当部署への相談をすることが考えられます。この点、いわゆるパワハラ防止法(施行日は後述)は、事業主に対して、パワハラ防止のための相談体制を整備することを義務化しました。職場内で安心して相談できるような担当部署があれば、そこへ相談するのもよいでしょう。

とはいえ、まだまだ職場内にて相談体制が整備されているような職場は少ないと思います。そこで、職場内で相談できる相手がいない場合には、弁護士へパワハラ被害の相談をすることを考えていただきたいと思います。

弁護士は上で述べたような、最終的に取るべき法的主張を念頭に置きつつ、法的主張のみならず、様々な観点からアドバイスをいたします。

深刻なパワハラ被害を受けている方の中には、精神的に追い込まれてしまっていて、正常な判断ができずに「自分が悪い」と思い込まされているような方もいらっしゃいます。大事なのは、一人で抱え込まずに、誰かに相談することです。また、被害を受けている本人だけではなく、周囲の方も、積極的に、弁護士の活用を検討していただきたいと思います。

 

5 パワハラの当事者

ところで、先に掲げたパワハラの定義は、主に職場内における労働環境を改善するという視点から厚生労働省を中心に提言されたものなので、「職場で働く者」が当事者とされていますし、後述のパワハラ防止法におけるパワハラの定義でも「職場において⾏われる優越的な関係を背景とした⾔動」という言葉が用いられています。これらの定義は、どちらかというと、主に事業主に対して、「パワハラ」を認識させ、それを防止させるという観点から説明されたものなので、このような表現となるのもやむを得ないところです。

しかしながら、上記のとおり、パワハラの被害を受けた当事者が、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求を検討するという観点からは、パワハラが「職場」で行われたものと限定する必要はなく、個別具体的に、不法行為に該当するかを検討することになります。裁判例では高校の空手部に所属していた生徒が空手部の顧問であった高校の教諭からパワハラを受けたとされた事案で、不法行為の成立を認めている事案があります。

 

6 パワハラ防止法について

同じハラスメントでも、セクハラ(セクシュアル・ハラスメント)については早くからハラスメント防止のための法整備が進み、1997年には男女雇用機会均等法においてセクハラ防止規定が置かれましたが、パワハラについてはセクハラよりも法整備が遅れていたと言わざるを得ません。2016年に厚生労働省が実施した「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」によれば、従業員の3人に1人が「過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがある」と答えたとされています。このように、パワハラが職場において身近で深刻な問題であると認識されたことも背景にあると思いますが、パワハラ防止対策はようやく、2019年5月29日、労働施策総合推進法(正式名称:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)の一部改正という形で法制化されました。いわゆる「パワハラ防止法」です。施行日は大企業が2020年6月1日から、中小企業が2022年4月1日からとされています。

主な内容を紹介しますと、事業主の雇用管理上の措置義務(相談体制の整備等)が明記され(労働施策総合推進法第30条の2第1項)、相談したこと等を理由とする不利益取扱いが禁止されました(同条第2項)。そして、措置の適切・有効な実施を図るための指針の根拠規定が置かれ(同条3項)、これに基づき、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号、以下「パワハラ防止指針」といいます)が定められています。

厚生労働大臣は、事業主に対して、助言、指導又は勧告をすることができ、(同法第33条第1項)、事業主の義務違反が公表される場合もあります(同条第2項)。

パワハラ防止指針は、「職場におけるパワーハラスメント」を、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすもの、と定めています。基本的には労働施策総合推進法第30条の2第1項の文言を確認したものになりますが、その具体例として、前記のパワハラ6類型が明記されており、従前から典型例として議論されていた6類型が正式に指針に盛り込まれたことになります。

このように、ようやくパワハラ防止のための法整備が進んだとはいえ、罰則があるわけではないため、実効性に乏しいという批判もなされています。しかしながら、これまで何ら具体的な法制化がされていなかったパワハラ防止について、これが国の責務として法律上も明記されたこと(同法第30条の3第1項)の意義は大きく、今後の適切な法の運用が期待されます。

 

高木 亮二弁護士

高木亮二法律事務所

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注:本コラムの内容は、掲載当時の執筆者の知見に基づくものです。その内容について、神奈川県弁護士会川崎支部は一切の責任を負いません。

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