任意後見契約と家族信託契約の費用対効果

弁護士 青木 亮祐

 

1 はじめに

最近、自分の老後をテーマとした書籍を書店で見かける機会が増えたように感じます。自分らしい老後の迎え方や自分の財産の運用・管理を、あらかじめ決めておくことのできる任意後見契約や家族信託契約は将来設計の手段として大事な制度ですが、金科玉条とまではいえないと思います。「こんなはずではなかった」とならないようでデメリットがあることも考えておかなければなりません。

 

2 任意後見契約

任意後見契約は、成年後見制度を見据えて自身の判断能力が衰える前に、将来の任意後見人となる受任者に対し、判断能力が不十分になった将来の自己の生活・療養看護・財産管理の事務を委託し、その事務にかかる代理権を定めておく委任契約で、任意後見監督人が選任された時から効力を生ずる定めがあるものです(任後法2条1号)。

任意後見契約の締結だけではその効力が生じるわけではなく、本人の判断能力が乏しくなった段階で、家庭裁判所に対して任意後見監督人の選任の申立てを行い、家庭裁判所が任意後見監督人の選任を行うことによって、受任者が任意後見人となって活動を開始することになります(任後法4条1項本文)。

こうした任意後見契約は、将来の事柄に関する自己決定権の発現であり、十分に尊重するため法定後見制度に優先します(任後法4条2項)。

ところで、任意後見契約は締結にあたって必ず公正証書で作成しなければなりません(任後法3条)。公正証書とは公証人(長年裁判官・検察官などの職務に就いていた法律の専門家)が作成するもので、それなりの手間のかかる書面といえます。

任意後見契約の締結の段階で、将来の自分にどのような支援が必要かなどを余すことなく決めておくことが望ましいわけですが、後になって事情の変更もあるかもしれません。変更したい場合、変更契約を公正証書で行わなければならず、変更の内容によってはいったん従前の任意後見契約を解除して、新たに任意後見契約書を作らないといけない場合もあり、相当な手間になることもあり得ます。

そして、上記のとおり、任意後見契約の発効は任意後見監督人の選任に結び付けていますが、この任意後見監督人の報酬は本人の財産から支弁されますので、この費用も見込んでおく必要があるかもしれません。さらに、せっかく任意後見契約を締結したにもかかわらず、なんらかの事情で発効しないことも考えられるところ、発効の確実性まで見込んだ対応となると大きな気苦労となるかもしれません。

 

3 家族信託契約

後見人の財産管理業務は現状維持ができる限り求められます。「節税・相続税対策のため」という目的だけでは多額の出金などは原則として認められないことも予想されます。

この点、家族信託契約は、本人の財産から信託の目的となる財産(信託財産)を分離させるので、将来、後見人が管理する財産の対象からこの信託財産を除外することができます。

例えば、アパート経営をしている男性(父)のケースを考えてみます。将来、この男性が認知症になって判断能力が乏しい状態になるとリフォームや売却などの契約などができないかもしれない。こうした事態に備えて、将来の自分や妻の生活費や介護費などを考えて、息子に早いところアパート経営を任せてみようという家族信託を想定してみます。

この場合の家族信託は、「委託者」である父が、「アパート経営」という信託目的のもと、「受託者」である息子に対してアパート(信託財産)を管理させて、アパート賃料を「受益者」の生活・介護等の必要な資金として給付するという仕組みになります。そして、この「受益者」を誰にするのか(受益者を委託者とするのか、それ以外の者(妻)にするのか、当初受益者のあとの第2受益者を設定するのか等)を決めておけば、将来後見人が就いたとしても、後見人や家庭裁判所から干渉されることはないというわけです。

家族信託契約は、現状維持が求められる成年後見制度のもとでは実現できないような活発な財産管理・運用を可能にすることで注目されていますが、任意後見契約と同じように多くの手間暇がかかります。

家族信託契約は、法律上、公正証書で作成する必要性はないのですが、重要な財産の取り決めですので、家族信託契約の専門家は口を揃えて、公正証書で作成することを推奨します。

また、信託法は「信託目的」(信託法2条)という他の法律ではあまり見かけない目的が重要な要素となっているところ、信託目的に関連する形で信託財産を考えなければなりませんので、あれもこれもと信託財産にすることはできません。

そして、上記の例では、アパートの所有権移転登記の問題(司法書士への相談)、受益者が委託者ではない場合には贈与税が生じるなど税務申告の問題(税理士への相談)なども出ています。金融機関を信託スキームに組み込む場合、特定の金融機関によっては事前相談を必須としているところもありますので、家族信託契約の締結前に様々な機関へ相談しなければならないかもしれません。

アパート経営を託された受託者(息子)にとっては、様々な支払の窓口になります(固定資産税、管理費用などの定期的な支出のほか、リフォーム契約などでも窓口になる必要が出てきます)。大規模修繕など思わぬ高額な経費が発生するとき、受託者・受託者・受益者のいずれの負担を決めずに「家族だから大丈夫」とあいまいにしておくと後日のトラブルになりかねません。

 

4 最後に

誰もが自己の老いという将来に漠然とした不安を感じているからこそ、ややもすれば深く考えることを避けてしまいがちですが、前を向いて積極的に将来をしっかり見据えて備えをしようとするわけですから、後悔するようなことが少しでも減るよう任意後見や家族信託を取り扱う専門家にぜひご相談ください。

 

青木 亮祐弁護士

溝の口総合法律事務所

〒213-0001

川崎市高津区溝口1-19-11
グランデール溝ノ口703

 

注:本コラムの内容は、掲載当時の執筆者の知見に基づくものです。その内容について、神奈川県弁護士会川崎支部は一切の責任を負いません。

また、執筆者の登録情報も掲載当時のものです。

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