改正プロバイダ責任制限法が施行されます

1 はじめに

総務省の令和2年通信利用動向調査によれば,スマートフォンを保有する世帯は86.8%となっており,誰でもインターネットにアクセスできるのが当たり前になっています。

これに伴い,インターネット上の権利侵害(名誉棄損,プライバシー権の侵害,著作権侵害等)も増加しています。
インターネット違法・有害情報相談センターに寄せられた相談件数は,平成27年度には平成22年度の約4倍となり,その後高止まりになっています。
インターネット上の権利侵害が匿名で行われた場合,被害を受けた人は,損害賠償請求等に先立ち,加害者とされる発信者の情報を把握しているプロバイダに対し,発信者情報開示請求を行い,発信者を特定することになります。
発信者情報開示請求の根拠となるのは,プロバイダ責任制限法(通称)ですが,匿名掲示板やSNSにおける誹謗中傷の深刻化等の時代の変化に伴い,改善すべき点が指摘されていました。

 

そこで,昨年(令和3年)4月21日,プロバイダ責任制限法は,大幅に改正され,発信者情報開示請求の仕組みは,大きく変わることになりました。
以下では,改正前のプロバイダ責任制限法下の手続きを概観した上で,改正後のプロバイダ責任制限法の内容について,大まかな点を解説いたします。

 

2 改正前のプロバイダ責任制限法下における流れ

改正前のプロバイダ責任制限法下における発信者情報開示の一般的な流れは,以下のとおりです。

まず,コンテンツプロバイダ(SNS事業者や掲示板管理人等)等を相手方として,発信者情報開示仮処分の申立てを行い,仮処分決定を経て,投稿等に係るIPアドレス(スマートフォンやパソコンに割り当てられるインターネット上の住所のような情報)・タイムスタンプ(インターネット上の投稿や手続き等があった時刻がわかる情報)等(以下では,2つを併せ「IPアドレス等」といいます。)の開示を受けます。

 

IPアドレス等が開示されたら,WHOIS検索(経由プロバイダの検索ツールとして利用できるインターネット上のサービス)により判明した経由プロバイダ(通信事業者等)等に対し,通信ログ保存の請求をします。

 

通信ログ保存の後,経由プロバイダ等を被告として発信者情報開示請求訴訟を提起し,判決を経て,発信者とされる者の氏名等の開示を受けます。

以上の手続きには,以下のような問題点が指摘されています。

 

3 改正前のプロバイダ責任制限法下の問題点

 

(1)手続きが面倒で時間がかかること

前記のとおり,改正前のプロバイダ責任制限法においては,発信者の特定までに,仮処分と訴訟という,裁判上の手続きを2回必要としますから,面倒で時間がかかります。

 

(2)通信ログ消滅の危険

また,仮処分申立てから仮処分決定までに時間がかかってしまった場合には,経由プロバイダ等に対する通信ログ保存を済ませる前に,通信ログ保存期間(プロバイダにより異なりますが3~6か月間が多数です。)が過ぎ,通信ログが消滅してしまうことがあります。
このような場合,せっかく仮処分決定を経ても,無駄になってしまうことになります。

 

(3)ログイン時情報の開示に関する対応

ログインしたまま投稿を行うことができるSNS等においては,ログイン・ログアウトした際のIPアドレス等(以下では,「ログイン時情報」といいます。)が記録される一方で,投稿時のIPアドレス等が記録されないことがあります。

発信者特定のためには,このログイン時情報を開示の対象とせざるを得ませんが,ログイン時情報は,改正前プロバイダ責任制限法が開示の対象とする「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当しないと考える余地があり,実際,開示の対象ではないと判断した裁判例もありました。

 

4 今回の改正により創設・改正された制度

以上の各問題点等に対応するため,今回の改正により,主に,発信者情報開示命令事件に関する裁判手続が創設された上,ログイン時情報の開示に関する規定が整備されました(他にも注目すべきものが創設されていますが,割愛します)。

 

5 発信者情報開示命令事件に関する裁判手続

 

(1)発信者情報開示命令事件に関する裁判手続の概要

改正法では,発信者情報開示命令事件に関する裁判手続として,発信者情報の開示命令,提供命令,消去禁止命令,発信者情報の開示命令に対する異議の訴え等の手続きが創設されています。

 

(2)異議の訴えの創設及び非訟事件手続法の適用

発信者情報開示命令事件は,異議の訴えが創設されたことにより,非訟事件となっています。
非訟事件においては,裁判所に相当な裁量が与えられますから,柔軟な判断が期待されます。

 

(3)発信者情報開示命令事件の併合審理

改正法では,インターネット上の情報の流通により権利を侵害されたと主張する者は,まず,IPアドレス等の開示を求めて,コンテンツプロバイダ等を相手方とする発信者情報開示命令の申立てをします。

その後,発信者の氏名等の開示を求めて,後述の提供命令により判明した,経由プロバイダ等を相手方として,発信者情報開示命令の申立てをします。

結局,2つの事件になってしまうじゃないか,との指摘があり得るところですが,これら2つの事件は,併合して一体的に審理されることが予定されています。
同一の裁判官による一体的な判断や,迅速な審理が期待されます。

 

(4)提供命令及び消去禁止命令

提供命令は,裁判所が,申立てにより,コンテンツプロバイダ等に対し,①コンテンツプロバイダ等を相手方とする発信者情報開示命令の申立人に対し,経由プロバイダ等の氏名等の情報を提供すること,②コンテンツプロバイダ等が保有するIPアドレス等を,申立人には教えないまま,経由プロバイダ等に提供することを命じるものです。

消去禁止命令は,裁判所が,申立てにより,経由プロバイダ等に対し,発信者情報の消去禁止を命じるものです。
改正法では,これらの制度により,IPアドレス等の開示に先立って,経由プロバイダ等の保有する通信ログを保存できるようになるため,通信ログ保存期間が過ぎてしまう危険を可能な限り少なくすることができると期待されます。

 

6 ログイン時情報の開示に関する規定の整備

改正法では,ログイン型SNSサービスにおけるログイン時情報の開示に関し,ログイン時やログアウト時の通信を「侵害関連通信」とし,この侵害関連通信に係る発信者情報を「特定発信者情報」として,発信者情報開示命令の対象としました。

特定発信者情報の開示については,権利侵害の投稿に係る発信者情報の開示に比べて,要件が加重されてはいますが,改正法がSNS等での権利侵害の救済について対応したものといえます。

 

7 いつから施行されるか

公布日である令和3年4月28日から1年6か月を超えない日までに施行されることとなっています。

特定発信者情報の内容等について定める総務省令案が,本年(令和4年)3月15日に発表され,パブリック・コメント募集期限が同年4月14日までの間となっていますから,集まったパブリック・コメントの検討等も考慮すれば,施行日は,ギリギリの本年(令和4年)10月となることが予想されます。

 

8 今後の対応

消去禁止命令までに通信ログが保存される期間が伸長されたわけではなく,発信者情報開示請求は,依然として,時間との戦いになる事件類型といえます。
インターネット上で権利侵害を受けた場合は,一刻も早く弁護士にご相談になり,手続きに着手することをお勧めいたします。

 

稲葉 進太郎弁護士

川崎パシフィック法律事務所

〒210-0007

川崎市川崎区駅前本町11-1
パシフィックマークス川崎ビル6階

 

注:本コラムの内容は、掲載当時の執筆者の知見に基づくものです。その内容について、神奈川県弁護士会川崎支部は一切の責任を負いません。

また、執筆者の登録情報も掲載当時のものです。

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